オークションと人間の関係性について述べた論文

オークション等の流行の背景について思うこと

近頃はインターネットによるオークションの流行を始め、リサイクルショップも一般に広く受け入れられるようになってきています。私はある地方都市に住んでいますが、大手チェーンによる大型店から小さな店まで、いくつもの店舗が自宅近くに出来てきました。店の雰囲気は様々で、こぎれいで若者に好まれるような店から、事務用品専門や厨房用品専門といった業務用品の専門店まで色々とあります。これまであまり注意してみたことはありませんでしたが、それらの店のほとんどがここ数年内に開店したお店ではないかと思います。

こうした状況は、一見すると我々消費者にとっては物品購入の経路や機会が増えて歓迎すべきことのように感じられます。ペニオクも含めて、品質にある程度の妥協ができるのならば、新品を購入するよりも安く済むからです。これはより正確に言い換えれば、既製品について、以前は多くの人が製造メーカーの希望小売価格を基準にした価格しか知らなかったのが、同じ製品でも実は新品時からスクラップに至るまでのあいだに様々な価値の違いがあることを理解するようになってきた、ということもできます。

しかし、事をそれほど楽観的にのみ受け止めて良いのかどうか、私にはためらいが感じられます。

消費者がオークション等を利用する機会が増えたということは、消費者が新品の製品に価格当たりの魅力を感じなくなってきていることの証左であるといって差し支えないと思います。つまり、製造メーカーの思惑と消費者の購入意思が合致していないと言える状況です。製造メーカーが多額の費用を投じて開発・製造・流通を行い、それに応じた価格を設定した商品に消費者は首を傾げているのではないでしょうか。

確かに、消費者はより安いものを追求するということもまた事実であるとは思います。しかし、それが新品の購入だけではなく、B級品や中古品の購入、そして個人間の売買であるオークションにまで購買行動が拡大した状況では、もはやそれのみで片づけることはできません。それらはあくまで“品質”において新品に劣っているからです。